四国のほか本州などからも人気を集める、香川県琴平町の金刀比羅宮への参詣客輸送を狙って、明治より昭和にかけて瀬戸内海沿いから琴平に向けて4つもの鉄道が開通、熾烈な競争が繰り広げられました。最後発の1930(昭和5)年に開通したのが琴平急行電鉄(琴急)で、開業時に新造車両を投入して坂出~琴平間を36分で結び、最短距離と最短時間を掲げ文字通りの急行ぶりをアピールしました。 しかし最短距離を目指した線形ゆえに沿線人口が少なく、戦時中に国から「不要不急路線」と認定されて1944(昭和19)年には営業を休止、車両は名古屋鉄道へ譲渡、線路はセレベス島(現在のインドネシア共和国スラウェシ島)に転用されることになり、一切を失った琴急はその後復活することもなく、その14年足らずの歴史を終えました。 本書では短命に終わった琴急について、建設の経緯や関わった人々、新造された車両のその後について解説します。
【内容】カラーグラフ 琴平急行電鉄 想い出の品々/ゆかりの車両はじめに1.琴平急行電鉄の建設まで 1.1 瀬戸内海航路の進化 1.2 琴平参宮電鉄誕生の経緯 1.3 坂出町の動きと琴急誕生の経緯 1.4 琴平急行電鉄の設立と建設2.琴平急行電鉄の開業 2.1 琴急開業 2.2 営業開始後の琴急 2.3 貨物営業と予定線について 2.4 香川県財界と琴急の関係 2.5 琴急開業による競合他社への影響3.琴平急行電鉄の終焉 3.1 戦時中の話 3.2 不要不急路線の選定 3.3 セレベス島での鉄道敷設 3.4 鉄道として営業できなくなった琴急のその後 3.5 廃線後の遺構4.琴平急行電鉄の車両 4.1 電動客車 4.2 客車 4.3 貨車(電動有蓋貨車・無蓋車・有蓋車)5.車両譲渡後の動き6.同型車両で偲ぶ琴急デ1型おわりにColumn 大阪商船大信丸と大智丸のその後 琴急をめぐる人々:白川友一・宇喜多秀穂・木村栄吉・安達 賢・鎌田勝太郎と鎌田 晃・鎌田 栄・白川朋吉