ついに300巻を超えた長い歴史の「RM LIBRARY」から、過去の傑作巻を2~3冊分まとめて復刻する「RM Re-Library(アールエム リ・ライブラリー)」。シリーズ45巻目は、RMライブラリー第180・181巻「加悦鉄道―丹後ちりめんを運んだ「絹の鉄道」―」(共にNPO法人 加悦鐵道保存会 著)」を取り上げます。 加悦谷と呼ばれるエリア、現京都府与謝野町は古くから絹織物の最高級品「丹後ちりめん」の産地として知られていましたが、大消費地である京都との物流はかなり不便であり、幾度もの鉄道誘致の試みが為されましたがなかなか実現せず、ついに地元資本家を中心に住民自身の力にて丹後山田(当時の国鉄宮津線、北近畿タンゴ鉄道野田川駅を経て現京都丹後鉄道与謝野駅)~加悦間5.7kmの非電化路線を1926(大正15)年12月5日に開業させたのです。つまり本年2026年は同鉄道開業100周年でもあります。 こうして「絹の鉄道(てつみち)」として誕生した加悦鉄道ですが、戦前に終点加悦駅の少し先に発見されたニッケル鉱山によって大きく性質が変わります。戦時中の戦略物資として重要視されたニッケルの産出のため、加悦鉄道は両端に日本冶金工業の専用鉄道がつながり、片や鉱山、片や精錬工場という形で、貨物列車が通しで運転されるようになりました。この規模の鉄道として、機関車や貨車の両数が異例に多かったことが、この時期の活況を現していたと言えるでしょう。 戦後はニッケル鉱山は一時を除いて休止となり、専用鉄道も精錬工場方のみが残され細々とした貨物輸送と旅客輸送で生き延びてきましたが、工場出荷貨物のトラック移行によって引導を渡される形で1985年4月30日をもって営業を終了しました。 その時点で残されていた車両たちはその後長年「加悦SL広場」にて大切に保存されてきましたが、それも2020年で閉園。幸運な車両は別の保存場所へ移動しましたが、残された車両の現在は不明な状況となっています(本書は「広場」閉園前の時点で編纂された記述となっています)。本書前半では、加悦鉄道資料館などに残された貴重な資料を用いた沿革を、そして後半では車両について形式図や諸元表を含めて詳細に取り上げています。保存活動に携わるNPO法人のメンバーが力を合わせて取り組んだ渾身の一冊と言えるでしょう。